日本語からの普通の訳語に従えば、「地租家屋税」は住宅のみならず、あらゆる種類の不動産を包括するが、工場、商店、農家建造物が本税の下に課税せられる全不動産中の重要なものである。

 それ故、この租税からとるにたらぬ程度の歳入、即ち1949-50年度において百四十億円程度しかあがっていないということは全く意外である。しかも、本税の平均税率が五百%で、うち二百五十%が都道府県二百五十%が市町村によって徴収されているというに至っては実に驚く外はない。

 この明白な矛盾は課税標準が戦前のままの賃貸価格であるという事実によって解決する。その後、インフレーションの結果価格水準は1938年の数字の百倍ないし二百倍に騰貴している。

 しかし、地代家賃は価格統制下にあり、しかもその統制は実際上はともかく、法律では特に厳重であった。一坪(三十六平方呎[#フィート])あたりの法定地代家賃の平均は、1939年当時の十五倍にすぎないと言われる。二十八都市における地代家賃は家計費総額の一%の四分の三以下であると報告されている。

 これらの数字の意味は二つの事実によって修正される。第一は、農民の大多数が自己所有家屋および土地に居住していることである。そして非農家の約半数が自己所有の土地家屋居住者であると見積られている。

 第二に、地代家賃統制令の広範な脱法があると一般に言われている。その大部分は直接的で、最高価格以上を支払うものであり、その一部は間接的で、借地借家人が土地家屋に入る時に「権利金」またはこれと類似の一時払をするものである。

 家屋税は、大抵の国で地方政府の伝統的な大きな財源である。それは、大抵の租税よりも運用が容易でもあり、また地方行政費を負担する住民の能力に大体つり合っている。少くとも窮極においては、また地上建造物と対照して土地に関しては若干異なるが、本税は土地家屋所有者よりもむしろ借地借家人によって負担されるものと通常考えられている。

 本税にはまた商業及び工業用施設に対する租税として、地方税としての注目すべき長所がある。本税は、事業主または(本税が高い売価の形で転嫁されるならば)その製品の消費者をして、警察、消防およびその事業がその地方から得るその他の保護の代価を払わしめる。本税は、非居住者が所有し、且つその製品を非居住者に売却するような事業に対して地方政府が手を触れることのできる殆んど唯一の方法である。

 日本における小商工業施設には大抵同一建物内に営業所と住居とがある。これらの事業の所有者にとっては、不動産税は個人の支払能力と事業とへの綜合課税である。同じことが農民についても言えるが、日本の農民はその主産物を固定した価格で政府に売らねばならず、しかも穀物の統制は都市の地代家賃統制よりも遥に厳重に行われている。これらの事実を考慮して、われわれは農民には不動産税で特別な税金を課す代りに(第十三章で改正した)事業税を免除するように勧告する。

 最後に、今日の日本においては、地方自治を維持せねばならないならば、第二章において述べた理由により、地方、特に市町村の追加独立財源が必要である。

 地代家賃統制の意味と生計費とを研究した後に、われわれは、地租家屋税は今年度の見積り百四十億円の代りに、年五百億円の収入があがるように、徹底的に改革せねばならないという結論に達する。

 地租、家屋税の改革には次の諸点を含まねばならない。

(1) 課税の全責任は市町村に負わせ、且つ税収入は全額市町村のものとすること。現在では税収入の半分は都道府県のものとなり、中央政府もまた、土地家屋を戦前の賃貸価格で登録してある台帳をいつも新しく維持している筈であるから、これに関与している。現状のような権限の分割が不満足なものであることには多くの証拠がある。本税は都道府県よりも市町村のものとなすべきである。というのは市町村は都道府県よりも追加歳入を必要としており、また本税は比較的小さい市町村でも相当うまく運用できる少数の租税の一つだからである。

(2) 本税は、現在の賃貸価格の年額ではなくて資本価格を課税標準としてこれを課すること。われわれは多少不本意ながらこの勧告をするのである。何故ならば、できることなら慣れた課税方法を維持する方がよいからである。しかし、この場合には改正によって得られる重要な利益が二つあるし、またこの改正をするのは普通の場合ほど困難ではあるまい。

 利益の一つは、本税を土地建物に限定しないで、減価償却の可能なあらゆる事業資産、即ち、機械設備、大桶、窯等を包括するように拡大するという後述の勧告と関連がある。かような資産は、賃貸価格の年額を課税標準とした税表にはうまく包含できない。もしもそれらが資本基準で評価され、土地、建物が、賃貸価格基準のままであるとすれば、建造物について、建物(不動産)と然らざるもの — 即ち「不動産」と、「動産」とを区別ことが必要になるであろう。
 この区別をすることは困難なことが多く、また、この困難であることこそわれわれが減価償却の可能なあらゆる資産を本税の課税標準に加えることを勧告する一つの理由である。

 もう一つの利益は、事業資産(減価償却の可能な資産および土地)の再評価を認めるという第六章で行った勧告と関連がある。所得税における減価償却を増大し、譲渡所得を減少しようとして、納税者を甚だしく過大評価することを避けるためには、税制に自動的制限をおく必要がある。これらの制限の一つは地租家屋税のための価格を所得税における再評価のために認められる価格から、その後の減価償却を差し引いた額以下にしないことを要求することによって獲得できる。この制限を獲得するためには、地租家屋税は賃貸価格ではなく資本価格に課税せらるべきである。

 何れの方法によっても多少の面倒には遭遇せねばならないので、賃貸価格から資本価格への改正は普通よりも余分の行政上の面倒を惹起することはないであろう。賃貸価格をとるにしても、或は資本価格をとるにしても、市町村は、その地方の土地建物全部を再評価するという大事業をやらねばならない。戦前の価格は、勿論全然不適当である。

(3) 本税は、使用者ではなく、現行通り不動産の所有者に対して課税すること。 同時に、地代家賃統制令で固定されている地代家賃は増税相当額だけ引上げること。もし現行の地租家屋税が三倍に、即ち二百%方引上げられ、且つ地代家賃の最高が租税増徴分を十分償うだけ引上げられるならば、標準家庭の生計費中地代家賃の占める割合は〇・七%から一・六%に上昇するであろう

 更に、少くとも或る場合には、土地家屋所有者が借地借家人から得ていた不法な地代家賃又は権利金が減少することによって、この増税の一部または全部が実際には土地家屋所有者によって吸収されるであろう。明らかに多くの場合、土地家屋所有者は借地借家人から能う限りの支払を求めている。だから地代家賃の法定最高額が上っても、借地借家人が前よりも多く支払う能力も意思も持つことにはならない。
反対に、土地家屋所有者が、習慣または契約によって、円が現在の価値に下るずっと前に取り極めた地代家賃に縛られておらねばならないと信じている事例も幾つかある。この場合は、借地借家人は不当の利益を得ているいるので、かれらに増加家屋税を課すのが公平であろうが、実際にはこれらの場合を識別するのは余りにも難かしいであろう。

(4) 個人所得税及び法人税において控除をうける減価償却を認められるあらゆる事業資産を包括するように本税の範囲を拡張すること。このことは棚卸資産を含まないことを意味する。即ち、棚卸資産を評価することは行政上困難であるから、この除外を勧告するのである。本税の名称は、土地および減価償却可能資産税、或は多少不正確ではあるが、略して不動産税と改むべきである。

 ここで勧告する本税の課税標準の拡張は、社会の他の者との関係において、事業が地方行政の支持のためにどんな貢献をなすべきであるかを更によく測る尺度になる。
 課税可能資産と課税不可能資産(例えば、棚卸資産および短期設備)とを区別するにはなお若干の困難があろうが、それは現行法の下で建物と建物以外の永続性資産(例えば、建物と大桶、コークス窯または機械)とを区別する場合に直面し又は直面すべき困難ほどではない。

(a) 農業以外の資産の再評価は、次の如くにしてこれをなすこと。

(1) 現在台帳に登録されている戦前の賃貸価格を二百倍すること(1949年の臨時宅地賃貸価格修正法で再調整された賃貸価格を除外する必要はない。何故ならこの再調整は1936年基準で行われたからである)。その結果は、1949年の物価での賃貸価格の概算見積になる—地代家賃統制の下において実際に受け取る地代家賃ではなく、自由市場を仮定した場合の賃貸価格である。
次にこの見積り額を資本価格基準におくために、これを五倍する。この結果は、その建物が自由市場で売却される場合に得られるべき価格、或いはそれを(毀損摩滅を考慮に入れて)再建する費用にほぼ該当するであろう。

 再評価計画のこの部分は全く形式的ではあるが、それにはそれの長所がある。それは、戦前の賃貸価格を千倍もして得られたものであるにもかかわらず、多くの場合資本価格としていかに不適当なものであるかを強調するに役立つであろう。更に重要なことは、それは現在小さくしか見えないもの、即ち類似の不動産相互間における評価の大きな喰違いを目立たせるであろう。この形式的措置は、早速1949年末までにとらねばならない。

 ここに狙っている資本価格は、自由市場におけるそれであって、地代家賃統制によって指定された現行の低い地代家賃を資本還元して得られるものではない。地方政府を支持するのに貢献させるためには、新旧家屋の所有者は同一基準で取扱われなければならない。長期の改正のためには、この基準が自由市場で認められるもの(また新築に関しては現在認められているもの)であることが絶対に必要である。得られる税収入額はどの場合でも同じである。本税の課税標準の如何にかかわらず、地代家賃は同額だけ上がることを認めなければならないであろう。差異は課税標準が低ければ低いだけ税率を高くしなければならないということだけである。

(2) 各都市は常置の不動産評価人団を募集し、訓練すること。これらの評価人は、前年度の評価を複写するだけでなく、年一度一つ一つの資産を実際に観察して評価するのである。1950年にはあらゆる資産について新評価を行わねばならない — この第一回目の分はざっとしかできぬであろうが、1951年には結果はずっと改善せられ、そして、毎年実施することにより間もなく相当立派に評価できるようになるであろう。— 勿論この仕事を真面目にやることを前提としてであるが。どうしても避けねばならないのは、フランスで終了するまでに半世紀近くもかかった「地籍図」(カダストル)の如く、十九世紀の欧州諸国でやったような、細事に念を入れすぎる、長期に亘る評価手続である。

(b) 農地は、他のあらゆる資産について既に勧告した如く、不動産税をかけるために自由市場基準で評価することができない。土地には自由市場がないからである。農民が土地を売却するとすれば公定価格でなければならないが、その価格は農民が今日土地改革計画の下で支払ったと同一価格である。また農地の収益力を通常の資本還元割合で資本還元することはできない。何故なら、農地の所有者は他の資産に所属するあらゆる所有にともなう権利、特に自由販売の権利をもっていないからである。

 それ故に、われわれは農地を公定価格で評価し、不動産税の税率を適用するためには、この公定価格に税調性係数を乗ずべきことを勧告する。1950-51会計年度および1951-52会計年度においては、価格調整係数は、(第二章で勧告した)地方財政委員会により決定されるであろうが、いかなる場合にも二十五を越えてはならないとの制限を設ける(この数字は最大限として示したもので、委員会が採用すべき係数として示したものではない)。この調整係数は、各府県毎に異ってよいが、租税負担配分の公平と調和するように、開きを少くすることが好ましいであろう。この二会計年度間に土地の公定価格が引上げられるならば、それに応じて調整係数も引下げなければならない。1951-52年に続く会計年度においては恐らく調整係数なしで、その時の行程土地価格を使用できるようになるであろうが、これはいまのところ何とも予言できないことである。

 現行法では、1949年の非主食からの所得に対して、農夫は1950年に事業税を払うであろう。1950年以降の年の所得に対しては、土地に対する余計の税を払うことでもあるから、農民に対しては事業税を全面的に免除するよう勧告する。新不動産税の第一回納税は1950年になされることを予定する。1950年には事業税と新不動産税とが農民に全部かかるという二重の負担をさせるのを避けるために、何等かの経過的措置を案出せねばならない。

(c) 1950-51年度の税率はすべての市町村を通じて一% 3/4 とすること。これは現在の五百%を二〇〇×五(上述の(1)参照)で除して得られる率の三倍よりも一寸多い。
 それ以後は、数年間は三%を越えることを許されないであろうが、各市町村が欲する税率を課することを認めてよい。初年度に均一税率をとる理由は、再評価と徴税の進行状態と社会に与えた影響とに関する情報を得るためである。かかる情報に照らしてみれば、先に提案した三%と異なる最高税率を設けることがいいということになるかも知れない。

(d) 本税のための評価は、如何なる場合にも国税たる所得税および法人税の資産再評価で到達した評価以下であってはならないこと。(第七章参照)

 われわれが地租および家屋税の増徴を勧告するわけは、不動産取得税の廃止を勧告する点(第十三章参照)と併せて判断してもらわねばならない。

 われわれの提案する改正では都道府県は約七十億円の歳入を減ずるが、われわれの見積りによれば、市町村は現在の七十億円(市町村の分前)の代りに約五百億円を本税から得て、四百億円程度の得をすることになるであろう。

(e) 地方財政委員会(第二章)はどの程度に各市町村間の評価の統一が得られているかを常に研究すること。

[# 第十二章終わり]